YER’s エリュウの だからソリあげて、その後むき狂う vol4

Eyuu Sasaki

蝉の声が充満する空気があたりをつつむ中学1年生の夏。巨木信仰により何とか保たれていた心の安寧が再び脅かされる事件が起こった。ある日のホームルームで、数週間後に泊りで学年旅行に向かうという行事が発表されたのだ。

下腹部の陰りをクラスメイトに目撃されることを恐れた僕はチン毛を剃った上で、その旅行に行こうかと思ったが、つい数年前の小学校の修学旅行で、丸田君という早熟の男の子が剃毛により、青々とした下半身を披露し、「人の顎が埋まっている」と話題となっていたのを思い出した。こうなるともはや、毛を抜くしか道はないと考えたが、そこには大きな懸念があって、抜いた後にちゃんと元に戻るのかどうかいまいち確信がもてなかった。乱暴に抜くと毛根が破壊され、元に戻らないように感じたのだ。
しかし一方で僕は確信に近いものも抱いていた。巨木の元で、儀式に従い毛を抜けば、
必ず再生すると。学校を飛び出し、僕は急いで巨木の元に向かった。

巨木信仰がもたらした不思議な高揚感は、「運命に抗う僕」という物語を付与し、この
一連の破壊と再生の運動(チン毛の)をより感動的なものへと昇華させる。破壊(チン毛を抜く)した後、再生される世界はとても素晴らしいものと確信していた。それは一度損なわれた世界であった。それを取り戻すために、僕は巨木の元にむかっているのだ。僕は自分に陰りなどなく、君の陰りなど想像すらせず、そして誰もかれも何者かなんてどうでも良かったところで、いつまでも暮らしていたかった。
それを奪ったチン毛が腹立たしかった。そしてただただ悲しかった。

魚屋の脇の石段を駆け上がり巨木の元に向かった。蜥蜴が石の隙間に素早く逃げる。
すべてを暴露しようとする太陽の光線はさらに強くなり、すべての輪郭を溶かしている。
大きく広がった枝葉は光線に焼かれ、今にも消え入りそうに見えた。この巨木が守る聖域も間もなく終焉をむかえつつあることを悟った。

猶予がさほどないことを知った僕は、チン毛が見えるまでズボンをおろし、
「人並みに」と歌った。声高に歌った。木の根元を回りながら、何度も歌った。
「人並みに」という歌のリズムと共にチン毛が揺れ、その不規則な揺らぎがいつしか
巨木を律動させ、その力強い律動が空気を震わせ、そしてその震えは、そこに放たれた
「人並みに」という歌へと帰っていく。
チン毛から巨木を経て歌へとつながる円環が出来上がり、周囲の温度は燃えるように熱くなっていった。その中で「人並みに」は、いつしか「火と波に」へと変化していった。

茂った巨木とチン毛が燃え上がる。
すべてを知る太陽よりも高温で燃える炎となり空に舞いあがる。

「火と波に!」「火と波に!」

僕は破壊の時が来たことを知り、大声をあげてチン毛を引き抜いた。
激痛の波で世界が揺れる!
この波に抗うように、蝉の声が充填された空気を肺がわれそうなほど吸い込み、
魚屋の黒ずんだトタン屋根の上にチン毛を撒き散らした。

「火と波に!」「火と波に!」

激しく撒き散らした!

陰りは一部が薄くなったものの、まだ残っているため、今度は両手でつかみ、
天空を突くように思いっきり引きちぎった。ヴィクトリーの「V」を象った両手の先にはしっかりとチン毛が握られていて、まるで「V」が燃え上がっているようだ。

「火と波に!」「火と波に!」

僕は火の鳥をイメージしながら左足で地面を蹴って飛び上がり、
空中で翼を羽ばたかせるように魚屋の黒ずんだトタン屋根にチン毛を叩き付け着地した。

「火と波に!」

最後の言葉を大きな声で叫んで、息を止めて家にむかい駆けだそうとしたその時、
いつの間にか背後に魚屋のおばさんが立っている事に気付いた。

お互い何も言わず、より正確には何も言えず、立ち尽くしている。
眼球でその像はとらえているが、それを理解する部分とは致命的に
断絶しているような顔をして僕を見ている。

長い沈黙の後、おばさんが尋ねる。
「・・・何をしやるん?」

呼吸を止める限界に達した僕は、激しい吐息を漏らしながら
「チン毛、抜きやった」と答えた。

おばさんは僕の下腹部に目線をやり、何に対してか分からないが曖昧にうなずいた。
下腹部の茂みは、ランダムに引き抜かれた結果、どことなく「寿」という字に似た造形になっていることに気付いた。

そして僕も何に対してか分からないが曖昧にうなずいた。

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