[SAMIAM物語]バンドの中心人物セルジー(Gu)がSAMIAMとともに振り返るエモ/パンク人生。必読インタビュー!

こんにちは!SAMIAMが日本に来ることを決断してくれて、本当にありがとうございます。僕たち日本人はSAMIAMのような泣きのエモーショナルPUNKロックが大好きです。その中でもSAMIAMは最高の曲と演奏、歌をいつも聴かせてくれると思っています。

このインタビューはこのライブの招聘元のLIVEAGE/DIRTY SATELLITESのYOSHIとKENNY BAKERのMANABU、CAMUSのMASATOで考えました。翻訳は東京で通訳をしてくれるロサンゼルス育ちのMAKOTOがやってくれています。マニアックな質問もありますが、よろしくおねがいします!

インタビュー by Yoshinobu Yada(LIVEAGE/Dirty Satellites), Manabu(Kenny Baker), masato(Camus)
対訳 by makoto sawada(KIRA)
写真 by Joshua Maranhas

SAMIAM JAPAN TOUR 2019の詳細は↓から
https://liveage.today/samiam-japan-tour-2019/

Q)まずは”SAMIAM”というバンド名の由来をおおしえください。日本では諸説ありまして本当のところが知りたいです。

セルジー: まず最初に言っとくべきと思うんで言うけど、俺たちはみんなこのバンド名のことずっと嫌いだった。長年の中でこの名で落ち着き、ずっと一緒にやってきた。バンド名なんていうものはいつしか気にもしなくなっていくんもんだ。例えばビートルズなんてひどいバンド名でしょ。(笑) でもみんな「なんてひどい名前なんだ」なんて真剣に考えないし、ビートルズはビートルズでみんなハッピーでしょ。
サムアイアムとはドクター・スース作の子供向け物語「Green Eggs and Ham」に出てくるキャラクターの名前。アメリカでは有名なんだけど外国ではそうでもなくて、発音が分かんなかったり、意味不明??になってる。だからドクター・スースを知らない場合、「セイムイーアム」になったり「サムヤム」になったりして面白いことになってるけど、正しい発音は「サム-アイ-アム」。かっこいいバンド名じゃないんだけど、俺たちがちょうどバンドを始めたころにはすでにサムアイアム「Sam I am」と名乗るバンドがLAとLondonにいた。だから俺たちはスペースをなくして「Samiam」にした。数十年間でサムアイアムは俺たちだけになった。でも最近DJ Sam I Amなんてのが出てきて、「俺たちのラップ・クラブで演奏すんの-?」なんて言う質問メールがたまに届くようになったよ!(笑)Spotifyなんかでは誤ってこのDJのアルバムが俺たちとのにリンクされていたりするよ。まあでも真剣にバンドで食っていこうなんて思っていれば修正するんだろうけど、違うんでそのままにしてる。

Q)SAMIAMは結成後、イーストベイ・ギルマンストリート(Gilman Street)で多くライブをやっていますよね。GREEN DAYなどともよく対バンしたとおもいます。その頃の思い出をお教えください。

セルジー: そうだね。俺たちの近辺でパンクやインディーバンドがいたのはGilman StreetとBerkeley Squareという2つのクラブ。Berkeley Squareは潰れちゃったけど、そこはいわゆる商業指向のクラブと認知されいて、そこで俺たちは最初のライブをやったもんだからいろんな人になんつーセルアウトなバンドなんだって思われたに違いない。(笑) いづれにしても初期の数年はこの2つのクラブでたまにライブをしてた。もちろんGreen Dayともやったし、Offspring, Operation Ivy, Rancid, Pegboy, Bad Religion、その他のGilman系バンドとも。正直に言うと俺たちはローカルパンクシーン以外での活動を希望していてツアーを組むことに集中していた、特に海外に。というか不思議なもので俺たちの最初のツアーはアメリカじゃなくてヨーロッパだったよ。とにかく俺たちの大きな野心は地元の人気バンド以上になることだった。ロックスターや金持ちになりたいとかじゃなく、当時は若かったし、世界を見てみたかったんだ。

当時を振り返ってみると、サムアイアムを始めた頃は、いわゆるパンク、特にGilman系パンク、ではない他の種類の音楽にはまっていて、例えばSonic Youth, My Bloody Valentine, Swervedriver,などのインディー系が好きだった。そんなんでGilmanでGreen DayやOperation Ivyとライブしたことよりサンフランシスコの21+クラブでDinosaur Jrのオープニング・バンドとして共演したときの方が俺にとっては意味深いものだった。でもGreen DayがまだSweet Childrenだったころのライブを見たとか、Dave MeloのガレージでOperation Ivyの最初のライブをたった14人で見たとか、いい思い出は沢山あるね。

元々俺はドラマーでSoupというバンドで叩いてた。つってもへたくそだったんだけどGilmanでの最初のオープニングバンドが俺たちで、俺が一番最初にGilmanで1-2-3-4とスティック・カウントをしたやつなんだという妙な誇りはあるね。

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