YER’s エリュウの だからソリあげて、その後むき狂う vol4

Eyuu Sasaki

初めてチン毛が生えていることに気付いたのは中学生になって少したった頃であった。
直射日光が差し込む自宅の2階のトイレで用を足していると、下腹部に西部劇で荒野を転がるタンブルウィード(根無し草)のような陰りが見えた。気のせいかと思い手で触れたが、確かにそこに何かがある感触が指先に伝わった。それがチン毛でない可能性をつかもうと、手で何度も払ったが、陰りはそこにあり続けた。世界が歪んでいくような不安が
一気に身体を覆い、直射日光に曝されたはずの空間は自分の指先さえ見えないほど暗くなっていった。
僕はこの突如訪れた変化にいてもたってもいられなくなり、家を飛び出した。陽は高くにあり当分沈みそうにない。どこに向かえば良いか分からず辺りを見回す。家のすぐ裏手にある大きな木が視界に入った。真下にある小さな魚屋を捕らえるように、枝葉が広がっている。僕は吸い寄せられるようにそこに向かった。

巨木を目の前にして、自然と祈りの言葉が口をついてでた。「人並みに」と。
チン毛が生えた現実を受け入れられない「昨日」と、適量には生えてきてほしいと
思う「明日」の軋轢の中から生まれた祈りの言葉であった。

チン毛は日に日にその存在感を増していった。光の加減でやっと存在を確認できたようなその儚さはとうの昔に消え失せ、今や漆黒の闇の中でもその存在に気付くほどの力強さを獲得しつつあった。僕はもはや後戻りできない旅路に、準備も覚悟もなく突如放り出されたような、そんな頼りない気分で日々をやり過ごしていた。チン毛はこのまま存在感を強め僕を乗っ取るつもりではないだろうかという強迫観念さえ芽生えた。そしてそれに対抗するように僕の巨木信仰はより過激化していった。ほぼ毎日巨木のもとを訪れるようになり、独特のイニシエーションを行うまでになっていた。

当初、巨木の根元にひざまずき、「人並みに」と祈りを捧げるだけであったが、いつからかチン毛が見えるラインまでズボンを下ろした状態で、信仰の対象たる巨木の根元に生える草や苔を適量むしり取るようになっていった。
適量むしり取った草と苔は最後に、下の魚屋のトタン屋根に激しく撒き散らし、
最後に「人並みに」とつぶやいた後は家に帰るまで呼吸をしてはいけない事とした。
なぜそうなったかは分からないが、とにかく、「最後のつぶやき」の後に息をすることは
禁忌の対象となった。そのため僕は中学生のこの時期、地上の酸素が沢山ある環境下であるにも関わらず、溺れるようにやっとの事で家に辿り着いていた。ほとんど毎日のように、酸素を渇望しながら家に飛び込んでくる息子の姿に、母親はとてつもない巨大な不良軍団に追いかけられていると思ったらしい。違う、僕は拭っても拭いきれない運命の陰りに追いかけられているんだ。

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