2.
それからまた十五年近くたった2017年現在。
僕は名古屋で暮らしている。
一昨年末の昼下がり、仕事が休みの日だったと思う。僕は電車にのっていた。
12月にも関わらず、その日はとても暖かく、まどろみと弛緩した空気が車内を満たしているようだった。電車が名古屋市内を東へ進み某駅に到着した時だった。ドアが開いたと同時に40代前半位に見える男性が現れた。
そしてまるで劇団員のような声量で、やけに滑舌よく、車内に向かってこういったのだ。
「だからそり上げて、その後むき狂う」と。
この宣言とも、指示とも、あるいは出来事の説明ともとれる突然の声に、
車内の弛緩しきった空気が一気にはりつめるのがわかった。
男性は車内に一歩入り、周囲をぐるりと見回したあと、
車両内にいる一人の初老の女性をじっと見つめだした。
そして再び、鋭利な刃物を連想させる、滑舌がよすぎる口調でこういった。
「それでいこう」
見ず知らずの男性から、訳の解らないままに、承認とも提案ともとれる何かをえた
その女性は困惑しきった声で問いかける。
「わ、私ですか?」
僕はそのやりとりを見ながら、例の百科事典の白紙の部分が再び埋まるのを感じた。
「q. だからそり上げて、その後むき狂うもの、」
「r. それでいこうとするもの、」
「s. 再度、私ですか?と問いかけるもの、」
項目が「s」まで進んだことを確認した。
そして「あぁそうか」と、僕はひとりごちた。
「あの時の3者回線は、実はまだ繋がったままなのかもしれない」
祖父は随分前に他界し、馬場さんについては全く何も知らない。
けれどもずっと回線は繋がっていて、二人はそこにいるように思うのだ。
受話器を手に取り僕は二人に呼びかけたい衝動にかられた。
名古屋市内を東へ向かう電車の中は、相変わらず12月の気まぐれな暖かさに満たされている。そして“o”以降の優しい言葉が陽光の中、雪のように舞っている。
とても懐かしくて、嬉しくて、だから僕は「それでいこう」。
言語の先に広がる芳醇な海のかおりが鼻先をかすめたような気がした。