text by ローリングクレイドル・ハシモト
遠藤賢司やムッシュかまやつといった、日本のフォーク・ロックミュージックの礎を築いた巨匠たちが星となった2017年。
ジャンルや世代の垣根を超えた対バン企画にも精力的に出演し、パンクスの信奉者も多かった“不滅の男”エンケン。
そして、90年代に隆盛を極めたレア・グルーヴ・ムーブメントにより、“和モノ”をセンスよくプレイするDJサイドから再評価の火が付き、フリーソウル愛聴世代からのリスペクトも高かったムッシュ。
二人の共通項は言うまでもなく、フォーク期でもロック期でも輝きを放ったソングライティング力、経験に裏打ちされた確かなギタープレイ、そして若い頃から日本語詞でのオリジナリティを確立していった点だろう。最後に挙げた「日本語詞でのオリジナリティの確立」こそ、いつの世も表現者たちを苦しめる悩みのタネだ。まさに“詩作陣痛”とも呼べる産みの苦しみに耐え、アウラへと続く自我の深いトンネルを自力で抜けられた者だけが、固有の独創性を獲得することができる。
では、オリジナリティとは一体何か?と問われれば、私は〈複製のきかない情緒を生み出す言葉〉と答えたい。そう、その〈複製のきかない情緒〉こそ、今回の隠れたテーマである。エンケンの「夢よ叫べ」や、ムッシュの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を聴いた時にしか味わえないあの強震、あの情動…。趣や味わいこそ違えど、2017年の日本語ラップシーンは、良質の“シングルオリジン”が数多く採れた豊作の年だった。
老舗の音専誌や新興ネットメディアで行われているランキングBESTから惜しくも(?)漏れてしまったアーティストの作品にこそ、〈複製のきかない情緒を生み出す言葉〉がたくさん詰まっていたりするので、時系列に沿って幾つか紹介していきたいと思う。
LIVEAGEをシェアしている読者の皆様は、普段はエモやハードコアを中心に愛聴されているかと思うが、2017年の日本語ラップシーンを振り返る上で、なにかしらの一助になれたらありがたい――。
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【2017年に愛聴した日本語ラップ #01】
■GADORO『四畳半』 (Release:2017/1/11)
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2017年の幕は、宮崎が生んだ“キラーマシーン”GADOROがこじ開けたと言っても言い過ぎではないだろう。1月8日に行われたKING OF KINGS本戦でのバトルは神懸っていた。相手の返り血を浴びながら、なおも攻撃の“舌”を緩めないそのスタイルは、まるで『シグルイ』に登場する剣士・藤木源之助とダブってみえた。〈痛くなければ覚えない〉とは作中における藤木の苛烈さを表した台詞の断片だが、GADOROが即興で放つ言葉もまた痛みを伴っているからこそ、聴衆のシナプスを刺激して脳裏に鮮明に残るのだろう。〈武士道は死狂ひなり。一人の殺害を数十人して仕かぬるもの〉という『葉隠』の一節がそのまま当てはまるほど、あの日のGADOROの強さはホンモノだった…。
KOK王者に君臨した夜から3日後、初のフルアルバムとなる本作がリリースされた。これほどの好機で処女作を世に放ったラッパーが、かつていただろうか? 恐らく本場U.Sでも類をみない事例だと思う。愚直なまでに即興を追い求め、決して無傷ではいられないバトルの場数を踏んできたGADOROのラップは、音源の中でも異彩を放っていた。彼がルーツと公言する般若を彷彿とさせる情感豊かなエモーショナルラップを聴かせてくれたかと思えば、B.I.G.JOEにも通ずる自傷も厭わないシリアスなラップ、さらには九州の先輩格にあたるポチョムキンばりの高速フローと、とにかくラップ巧者としての才が光る。とりわけ、ズタボロな生活とボロ布のような弱さをさらけ出した#12「クズ」は、このアルバム屈指のマスターピース。
四畳半の一室で紡がれたリリックは〈痛くなければ覚えない〉を地でいく、まさに“死狂ひ”の表現者が血の滲むような自己との対峙で掴んだ言葉だ。GADOROが吐露する“クズな生き方”を、あなたは笑えるだろうか? 一つや二つじゃきかない幾つかのヴァースに、あなたもきっと覚えがあるはず――。
▽作品URL
http://tower.jp/item/4381727/%E5%9B%9B%E7%95%B3%E5%8D%8A
▽アルバムジャケ
▽GADORO「クズ」OfficialMV