Arise in Stabilityが20周年記念にして現体制初音源のシングルで示す、次なる進化への一歩

2020年、コロナ禍真っただ中に2ndアルバム『犀来/DOSE AGAIN』をリリースした、横浜のArise in Stability。リリース後もコロナやメンバーチェンジといった苦境に振り回されることになったが、プログレッシヴ・メタルコアの限界値を大きく更新した、日本だからこそ生まれ得る名盤であることは、改めて認知されるべきことだ。そして今年、バンド結成20周年を迎えた彼らの新しい一手は、まさかのシングルのフィジカルリリース。
このシングルでは、バンドが以前から持っていたプログレッシヴ・メタルはもちろん、叙情派ニュースクールやハードコアの要素を強調しつつ、2ndで形にした挑戦と進化の、そのまた先を明確に見据えた2曲を収録。「このメンバーなら2ndを越えるものが作れる」という旨の発言の通り、これを足掛かりにした次のアルバムへの意気込みも充分である。
今回はこの4年間の振り返りとともに、新しく加入したメンバー2名の紹介も兼ねて、全員にインタビューを実施。テクニック的にも人間的にも、バンドのコンディションが上々であることが伝わってきた。

Interview by MOCHI

――まずは2020年にリリースした2nd『犀来/DOSE AGAIN』について振り返ってみたいんですが、コロナ禍でツアーが何本か延期になる等で満足な活動ができなかったとはいえ、アルバムは高い評価を受けましたよね。とはいえ制作したメンバーとしては、どう思っているんでしょうか?
Hosuke Taniguchi(vo)「もう聴きたくないね(笑)。でも自分たちでも納得いっていない1st(『記憶喪失者の描く未来/The future that amnesiac draws』/2011年)とは違って、2ndはもう聴き過ぎた (笑)。それでも時間が経ってから聴き直すと“もっとここをこうできたな”とか思うことはあるけどね」
Suguru Yamashita(ds)「レコーディングしていた当時は、これ以上のものは出せないってくらい全力でやっていたんですよね。でもそれが終わって、ある程度落ち着いたら次のフェーズに進まなきゃならなくなるので、俺も聴くのはライヴをやるときに確認のためくらいですね。でも、もう少しいろんな人にリーチして盛り上がってほしかったなっていうのはあります。コロナで世の中がそれどころではなかったし…運がなかったですね(笑)」
Masayoshi Onodera(g)「作ったときは、本気でこれを越えるプログレメタルのアルバムはないと思っていました。BETWEEN THE BURIED AND MEの『COLORS』よりもいいと、今でもちょっと思っているくらい。でも、力量的に相当無理して作ったアルバムでもありました。今のレコーディング環境なら、正確できれいに録音はできるんだけど、それだけでは越えられない一線があるんですよね。制作時に曲が求める水準の演奏に達していれば、その一線を越えた本当の名作になっていたと思います」

――2ndリリース後、2021年にメンバー交代がありました。まずベースのAckeyは以前から交流があったと思うんですが、どんな流れで加入したんでしょうか?
Masayoshi「2ndを出してから1年間ほとんどライヴがやれず、人数制限ありや配信のみの企画でどうにかやっていたんですけど、そのうちにKodai(Kaneyasu/b)がスイスに留学するために脱退することになったんです。それが決まった時に、Ackeyしかいないと思って、すぐに連絡しました。実は前々任のHiroshi(Mizuno)が辞める時もAckeyに声をかけたかったんですけど、当時はDEADLY PILESでもかなりライヴをやっていたし、難しいだろうなと。そうこうしているうちにKodaiが登場して、加入してもらった経緯があったんです」
Ackey「たしか1月だったんですよね。“明日成人の日だな~”と思っていたら、いきなり電話が来たのを覚えています(笑)」

――ではKotaro Mezaki(g)はどうでしょうか?加入前からプロのギタリストとして活動していたYusuke(Hiraga/現:摩天楼オペラ)の後任となると大変だったと思うんですが。
Kotaro「前にやっていたバンド(The Skies Above)で対バンしたりもしていたので、もともと繋がりはあったんです。とはいえそこまで深く話したことがあるわけではなかったので、何の前触れもなくいきなり連絡が来てビックリしましたね(笑)」
Masayoshi「最初にThe Skies Aboveのもう一人のギタリストに声をかけたんですけど、その人がもうバンドをやっていないということで、二人推薦してくれたんですね。そのうちの一人がKotaroでした。もう一人はジャンルがかなり違っていたので、じゃあKotaroに声をかけてみるかということになったら、Yusukeが“俺が責任をもって声をかけます”って言ってDMを送っていました(笑)」
Kotaro「でも返事は一週間待ってもらったんですよ。譜面をもらって、弾けそうなら…と思って。とりあえず形になったから、やってみますという感じでした」

――後から加入した二人は、バンドを外から見ていたときとメンバーになってからで、何か印象が変わったこととかはありました?
Kotaro「2ndを聴いて、とんでもないアルバムを出した人たちだなと思っていましたね (笑)。加入したら、Yusuke君と比較されるだろうと思っていましたけど、そもそもスタイルが違うので、プレッシャーを感じつつも考えないようにしていました。たまに本人が見に来るから、緊張はしますけど(笑)」
Ackey「メンバーみんなとは、以前からちょこちょこ会って話していましたからね。過去のベーシスト二人ともよく知っているし。2ndのツアーでは、自分が入ることになるとも思わずに大阪まで見に行こうとしていました (笑)。だから加入して何か印象が変わったということはないですね。ただ1stと2nd両方を全曲できるようになって、ようやくそれぞれのメンバーのスタイルが自分に入ってきたように思います」
Masayoshi「Ackeyについては、歴代ベーシストでも最強だと思いますね。今までのメンバーは、テクニカルなプレイができてもシンプルなことができないとか、その逆だったりしたんですよ。でもAckeyは両方できて、音もバンドに合っている。Kotaroは入った当初はそこそこ苦労があったと思うんですけど、今や音へのこだわり含めて一番しっくりきます。ソロでYusukeに敵うギタリストはそういないけど、僕らはリフも多いし、その点ではKotaroが歴代でもうまくて、バランスがかなり取れています」
Suguru「Ackeyはもう、テクニック的には言うことがなにもないですね(笑)。あとは合わせたときの雰囲気が大事なので、その部分でしっくりきました。キャラも立っているし、やっていて楽しいんですよ。Kotaroも入ってからはバンド全体の空気もよくなったし、今はすごくよい時ですね」

――今回はバンドの20周年記念のリリースですけど、前々から意識していたことだったんでしょうか?
Masayoshi「最初は20周年記念で、いくつか企画をやろうと思っていたんですよ。でもHosukeから“そんなライヴばっかりじゃなくて、3作目に向けて曲を作れ”って一喝されて(笑)。それで作った2曲なんですけど、今までの延長線なだけでなく、新しいものも見せられるし、これなら音源を作りたいと思いました。それといつもお願いしているStudio Prisonerのレコーディングを、AckeyとKotaroに体験してもらってから次のアルバムの制作に入ってもらった方がよいと考えたのもあります」

――でもシングルをフィジカルで出すって、今の時代にかなり逆行したやり方ですよね。
Masayoshi「最初は配信のみにしようかという案もあったんですけど…いわゆるレコードカルチャーは今も日本では生き残っているし、目当てのCDを買いに行ったら、店頭でレコメンドされていたものもチェックするという文化が忘れ難くて、思い直したんです。アートワークもせっかくデザイナーに頼んでいるし、しっかり印刷して形にした方が、芸術作品として残るじゃないですか。サブスクで配信するだけだと、最終的にはなくなってしまうし。だったらちゃんとフィジカルで残すのはありだと思いました」

――2ndではフレーズごとにかなり突き詰めながらレコーディングしたということでしたが、それを踏まえた今回の制作はどうでした?
Masayoshi「今回は突き詰め方が違うんですよ。以前はグリッド線に合わせるとか、しっかり弾けているかを重視して、フレーズを分割して録ったりしていたけど、今回はとにかく1小節を通して弾ききる形にしました。それをエンジニアのHiroさん(元Metal Safari)に“ちょっと荒いけど、熱量が出ている”とか“きれいに弾けているけどつまらない”とかをジャッジしてもらいました。それに前作では1曲だけスタジオでトラッキング(注:楽器のライン録り)を行って、ほかは自分たちでトラッキングした音をリアンプ(注:ライン録音し、後からアンプで音作りする方法)したんですけど、今回は2曲ともスタジオで、実際のアンプから出した音をトラッキングしながら録りました」

――2ndの制作時、Masayoshiさんは自分のパート以外はあまり作りこまず、メンバーのアイデアを引き出そうとしたという話がありましたが、今回も同様ですか?
Masayoshi「今回も中途半端に考えるよりは、メンバーにゆだねた方がいいかなっていうのはありましたね。2曲ともドラムはSuguruによしなに考えてもらったり、デモの段階で“この部分のギターは何も入っていないけど、考えてくれない?”とKotaroに振ったりとか」
Suguru「ドラムは自分のスキルをさらに上げないと演奏できないので、まずは基礎トレーニングに時間をかけます。曲を覚えるよりも、その時間が長いです(笑)。逆に、デモ段階であんまりドラムが定まっていないんぶん、自分の考えを入れられるし、やりやすいんですよ。作曲者がドラムを考えると詰め込み過ぎることが多いので、少しシンプルにしつつ、ギターやヴォーカルのおいしいところを引き出せるようにとは意識しました」
Ackey「ベースはリフを追いかける場面も多いけど、静かなパートではあんまり目立ち過ぎないラインにしたりと、バランスを見つつ考えていきました。それに1stと2nd両方の曲をやったこともあって“過去のメンバーならこうするだろう”と考えることが多くて、影響を受けているなと気付くことがありましたね(笑)」

――1曲目の“間詰め/A Moment of Landscape”は、ティーザーを公開した時点で「MESHUGGAHの“Bleed”よりも難しい」と話題になっていましたね(笑)。
Masayoshi「2曲とも冒頭のフレーズがとっかかりになんですけど、“間詰め”については“恥ずかしいMESHUGGAH”って呼んでいたんです(笑)。新しいチャレンジとして、今までのメンバーが弾けなかったであろうものをやってみました。ああいうパターンの刻みって、今までなかったというか、2008年にMESHUGGAHが“Bleed”でやったような方法論を発展させて活用できているバンドは世界的にもいないし、もうちょっと可能性があると思っていたんですよね。そこからクサくて恥ずかしいハモりのメロディックなリフにいく流れは今までの延長線上で、良くも悪くも自分らしいと思います」

――2曲目の“盲の谷と聾の山/Mobius Swallows The City”は、いわゆる叙情ハードコア的な質感の曲になっていますね。
Masayoshi「こっちは変わり種を持ってきた感じですね。後半に七拍子のヘヴィリフにポエトリーが載るパートがあるんですけど、そこはNAIADを意識したんです。明るくて、ホーリーな感じだけどヘヴィっていうのをやりたくて、あそこに命を懸けて作りました(笑)。それと後半で半音ずつ転調していく部分があるんですけど、個人的にはああいう転調って人を小ばかにしているなって思っていて、悪意込みで入れたという(笑)」

――この曲は3分強と、バンドとしてはかなり短くコンパクトですよね。
Masayoshi「NAIADを意識したパートの後、半音ずつ転調してから早々に打ち切るような感じで作りました。サビっぽいところの明るさとかを繰り返すとクドくなっちゃうだろうし、変わり種をやるなら短くやった方がインパクトに残るだろうと。それにアルバムの中でも、短くて箸休め的な曲がもうちょっとあった方がいいかもしれないと思ったのもあります」

――ヴォーカルはハッキリとメロディを歌う場面がなくて、ラップともポエトリーリーディングともつかない、これまでになかったものですね。その分言葉もより聴こえやすくなっていると思いました。
Hosuke「前々からひとりで曲を作ってラップしたりとかしていたけど、このバンドでそれをやろうとは思っていなかったんだよね。でも曲が単純だからこそ、ヴォーカルを作るのが難しいし、叫んでいると言葉も聞き取れないし舌も回らないから、今まで使わなかった引き出しを開けざるを得なかった感じかな。今回の2曲では声が丸くなっているから、以前よりも下品さが減ったと思う。だから逆に最近めっちゃグラインドコア聴いて、言葉をもっと下品にしようとしているくらい(笑)。LAST DAYS OF HUMANITYみたいな声でちゃんと日本語が聞き取れるものを出せたら最高だよね(笑)」

――面白いのが、2曲とも曲のセクションとヴォーカルのセクションが一致していないんですよね。いくつも意味が考えられる言葉選びと相まって、既存の方法に捉われず自由だなと。
Hosuke「歌詞はいつも書いていて、できた曲に合うものを組み合わせているだけだからね。だから歌詞と曲の流れが一致しないのはしょうがない。多少は文字数を変えたりはするけど、曲のセクションに収まらないなら、はみだせばいいだけ(笑)。その方が面白いし、綺麗に収める必要はまったくないと思う。聴いた言葉の響きと実際の歌詞とで印象が違うようにするのは1stからやっているけど、それがより強くなっているのかもしれないね。俺的には、何度か聴いて自分なりに理解してから歌詞カードは見た方が楽しいと思う」

――結果的に、短くて簡潔なこの曲の方が、実験的な要素が詰め込まれている感じですね。
Ackey「詰め込んじゃいましたね(笑)。そんなつもりなかったのに」
Hosuke「 “スカスカだとやばいんじゃないの?”って、不安になるんだよね(笑)」
Masayoshi「こういう短くて一見シンプルな曲をかっこよくやるのが、実は一番難しいんです。テクニカルというのは、見方を変えれば技術や音を詰め込む方向に逃げていたことでもあって。面白いのが、リフも弾き方ひとつでニュアンスや聴こえ方が変わってくるんですよ。今のメンバーはそういうわびさびみたいなものが分かるからこそ、自分も含めてようやく挑戦できるようになった気がしますね」

――2曲とも、プログレメタルとして見ると叙情ハードコアすぎるし、逆もしかりなんですよね。そのうえでヴォーカルも特徴的だから、どの尺度にも収まりきらないというか。
Ackey「全員、よい意味で老害なんですよね。古い叙情とか、古いメタルやロックから影響を受けているから、全部はみ出ているみたいな(笑)。さっきもNAIADの名前が出ましたけど、最近の子がやる叙情ハードコアでは、あれは出てこないと思います。この間もスタジオで、KotaroとずっとLED ZEPPELINの“Achilles Last Stand“が最高だって話をしていましたし(笑)。そういう老害感が染み出ちゃっているのかなと」

――先ほど「次のアルバムの前に、新加入の二人にStudio Prisonerのレコーディングを体験してもらいたかった」という話がありましたが、実際やってみてどうでした?
Kotaro「大変は大変だったけど、体力がなくなっていく感覚すら若干楽しくなっていきました (笑)。でも事前に覚悟と準備をしていったのが功を奏したというか、とにかく2ndが大変だったという話は聴いていたから、体調管理からやっていったくらいです。レコーディングはほぼ準備で決まるようなものだし、うまいこといきたいじゃないですか(笑)。おかげで音源ができあがっていく過程は楽しかったです」
Ackey「暗い大変さじゃなくて、スポーツみたいな感じなんですよ。“頑張ろう!もっとやれる!”みたいな(笑)。結果的に疲れたけどネガティブなものはなかったし、僕も事前にしっかり準備をしたので、ベースはけっこう早く録れましたね。ただ音に対する考え方や、何を採用するかの基準は勉強になりました。“もっと外国人みたいにグッ!と弾けない?”とか言われて、僕も“じゃあグッとやってみます!”みたいな(笑)。でもそれがちゃんと音に出るんですよ」

――シングルには曲とは別に『潜性思積/Recessive Thoughts with Mass』と独自のタイトルがつけられていますよね。
Hosuke「ぶっちゃけ、この『潜性思積』っていうのは、没にした歌詞のタイトルなんだけど(笑)、タイトルとしてはいいし、もったいないから使うことにした。そもそもどの歌詞も、全部言っていることは一緒なんだよね。大元があって、それを違う角度から見たものを書いているだけであって、大きい枠ではタイトルも曲もちゃんと繋がっている。話すとものすごく長くなるから、ここではやめておくけど(笑)」

――シングルのリリースの翌週に東京でレコ発をやりますが、そのほかの予定はありますか?
Masayoshi「東名阪でレコ発を予定していて、来年2月1日に名古屋の上前津zion、3月8日に大阪の心斎橋火影でやります。大阪は自主企画として、4マンで長いセットのフロアライヴをやる予定です。実は火影でやったことがなかったんですけど、直接電話してブッキングしました。2ndのツアーで山口に行った時と、去年の自主企画でフロアライヴをやった時、そういった環境でもちゃんとかっこいいライヴをやれるようになりたいと思って。あとレコ発ではないですが、リリース3日後の11月23日にも名古屋の上前津zionで”音箱“というイベントに出ます」

――その後、次の動きとしてはやっぱりアルバムでしょうか。
Masayoshi「コンセプト的なものも、着想のヒントを兼ねて今回のレコーディングもできたので、アルバムについてはこれからですね。曲はまだまだですけど、Kotaroが作ってくれた、ライヴでやれるのが1曲あります」
Kotaro「今回、それで初めて曲が採用されたんです。いろんな角度の難しさを詰めたので、まだちゃんと弾けないですけど(笑)」
Masayoshi「9分くらいある曲で、何度かダメ出しと手直しを経たらものすごくよくなって、覚醒したと思いましたね。サビみたいな部分がちょっとエモい感じなんだけど、その前からヴォーカルはずっと同じ調子でラップしているんですよ。今回以上にはみ出し方が顕著になった感じで。その曲を聴いて、これなら2ndを越えるアルバムができると思ったし、自信にもなりました」
Hosuke「まぁ急ぎつつ妥協せず、いいペースで曲を増やしていきたいなと。今回はアルバムに向けて課題を探すレコーディングだったと思っているし、その意味では現状できることはぜんぶやったけど、ライヴをやることで仕上がっていくんじゃないかな」

<Single Information>

Arise in Stability『潜性思積/Recessive Thoughts with Mass』

2024年11月20日リリース

last fort records/LFR-020

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